UA-57409781-1

小作品集(掲載作品から)

HOME > ookami22

麻生有里

満月の底

記憶の桁と同じくらいの魚たちが
海底に整列している
並んだ列の末尾は 長く漂う尾鰭

黒と白と 黒でも白でもない色と
その中間の色
口にくわえた海藻の枝葉に付着した祈り

海中では 水が意味を成さない
静かに少しずつ列は進み 
捧げられた海藻が 積まれていく

海藻と海藻が触れると
そこから微細な粒子が流れる

それぞれの憂いと 多くの営み
一瞬 変わる流れの後に また続く平穏な海流
その合間に時折 交わされる合図

朽ちるのは 物体
朽ちないのは 配列
海藻の枝先を見ながら大海を見据える 昇天の渦

すすり泣くことが 一体誰を悼み
何に向かうというのだろう
それはおそらく テーブルの脚に近い軽さ

挨拶を終えると 整った魚の列は
さらさら流れ 散り始める

表面をなぞる様な 平らな定型の話ではなく
知るべきことは 満月の本当の形
魚には 単純な生き物ゆえに 見える輪郭がある

岩陰に高く積まれた海藻の色は
やがて一つの丸い泡になって 昇っていく
その形の 行方を知る魚は いないが
後には 記憶の尾鰭が 
緩やかに漂っていた

坂井信夫

ハリネズミ

 この世において、わたしたちはときおり、ハリネズミのようになる。あるいは、そうならざるをえない状態におかれることがあるのだ。でも、そのときが過ぎれば、針をさかだてていた心は、もとに戻ってゆく。つまり、いつまでも、あるいはつねに針をさかだてていることはない。ほんもののハリネズミは、皮膚のしたに針をかくしたまま生まれてくるが、そののち《約150本の白色の針が皮膚から押し出されて出てくる。36時間以内に、これらに加えて暗色の針が芽を出す》と、ある辞典に記されている。すなわち、かれらは生まれながらにして死ぬまでハリネズミでありつづけるのだ。わたしたちは幸いにも針をさかだてている時間が、さほど永くはない。それでも、会うたびにそう感じられる者がいることも、残念ながら事実である。かれがなぜ、そうであるのかは分からない。いつのまにか、この世は生きていることで全身が〈暗色の針〉で覆われるに至ったのだ。そうした者を、わたしたちは不幸だとは思わない。たぶん、かれ自身はそうなることに気づいていない。それは、ごく自然にそうなったからだ。また辞典には、こうも記されている――《ふつうは筋肉は弛緩していて、針は背にそってねている。危険におびやかされると、ハリネズミはすぐには丸くならないことが多く、まずたんに針をさか立てて、危険が過ぎ去るのを待つ》と。いつも、なにかにおびえている者、あるいは生きていることそのものが恐怖である者――かれらは、たとえ眠っているときでさえ針をさかだてずにはいられない。そのことに耐えられなくなったとき、初めて〈祈り〉ということを覚える。いつ出会ってもハリネズミのようにみえる者たちこそが、ほんとうはあまりにも人間的な存在なのかもしれないからだ。

平川綾真智

育てさせる

                                   1
ちりばめられた刺さる反響に逆むけ立った畳は私の足を 、 払い
まわす無邪気のために
敷かれた 投げ出すことも許した 。
っ並列するベランダ手すりを、 くるむ夏掛け布団 へ 
なする編み込まれ変わる薄い影 、と陽射しのまばらを鳴らす枝は低い
。根をつけた新芽が樹股へ 、 溜めこむ とても粘っこい水滴に
うつしだされる歪曲された童公園のなかで息子は歪まず幹

剥いで煮立った素笑みを肉から噴き出し炒る 。 続ける沸する
ニスの厚みに 、
萎むベンチへ私が腰をおろそうとすると握る水筒をみつけ て 
。こいつは 。
向きなおり走り高い響き 、で
背筋を割き腕を引き抜き立たせ分からせ裟袈漓の歯 。 を開く

、敷かれる遺灰が燃している覆い隠す潤土の液、が 打ち
込んでいく杏の
根を吸う 。 喰い貪る、やどり芽の快活な反り返る、しなりに
しなりに節足をまるめてとまった蠅 、が樹幹の
、合間 で動かなく 、なる
ねじ蓋へ 。と麦茶をそそぎ枯芝を跳ねそびっている体重
に 、
こぼせ、ば 、 っめくれた鮮色の唇が唾液の沫が 。まざ り
込む涎が短い肉茎が 。 建てられ
黄ばみをいびつな屆固石を 、視野を凝結させていたのだ

                                   1
歯冠に 。 浮くのは名前でしかない 。 もう種は出した出
したのだ 純芽が醜く形を肥やし 、て膨らむ度 に
っ殖器性から取られる私の 。臓物は 、こいつの口内へ埋め
込まれたんだ 、
ほら薄桃に染がんでいるじゃないか
、すりあう粘性の血瀞体は充密した圧迫で噛まれ、 腐蝕の脂黒に
寝れ もしない 。
黄砂のまじった腫れる土灰が靴を、 浸す 。
皮と火葬に残る っ骨だ
。注いだ欠伸に閉めもしない せず 、
ひかり上げる子の口なんだ 。 親の骸は生えそろって 、いく
、たたせる っじゃないか知らせる っじゃ、ないか今 っ
。いま  
乳歯の墓石は歩かせる

、                                  1
まとわりつきは口腔に硬い 。くろぐろと建ちならぶ戒号 の
しめりを水膜を履くまま息子は男児は
表情、 の絶景を煮沸に投げ上げている塗っている 。ニスと焼煙 、の
。においが混ざり 。
園柵へ幼靴裏を 、はこぶ土褐に
累累とるいるいと埋まる 、 これまでの老樹の滓は舐めとられていく 。
杭根に唳主張する幹肌がゆるまり 。 液状化した年齢をのみこむ
、みじかい眼圧の 裸芽が
呼吸す るんだ                   6
盛る んだ大気を破り紅潮に沸くんだ 。 すすぐ身軽な斜茎は淡い
二階の、ベランダ窓を照らす真鍮のノブ へ曲線に浮く 、
小児廊下は脱ぎ捨てられて房縁畳 の針が、こいつ の足裏に曲がる
っ指を包み込み絡め 、取る抱く繊維とせんいに若芽の影が 編まれる布団を
取り込みタオルケットを敷くと私は 、 
顔 がない 。
快楽にうら返る研がれた声が部屋でこねられ長箸と なる 。皮膚 を突き破り
。喉仏を取 る 
つけ終わったら種を終わりなのだ。わずかに毛が伸びる輪郭の中は
抜かれつくされ 、ないのだ。 子 だけ なのだ と、知れ っ
知れ知れ歯根がが貫く横たわること 、もない永眠に 。
っ茶麦の匂い を口角に巻く 、
すり、より 、結びつける半ズボン の
足は  。 
躁に太さを乗せ臭う皮膚へ 、と 
たかりつづける掌、が小蠅とちいさく早く、 くずれる皺にたかり飛び
。私という
痩せた土に屈んでいく 、
                                   1

前田利夫

かなしみ


夕日が地平に没しても
なお 街々の西の空が
かすかに明るみをおびている
足を止めて
やや赤みがかった
仄白いものを
見ていると
無性に泣きたくなってくる
そのかなしみは
わたしの影だ
      
あの明るさのむこうでは
花も木も風も
声をあげることはない
生きた足跡を
否定されて
泥のように 沈んだものたちが
ふりかえっている
そして
冬のイチョウのように
ざわめきもせず
なんの弁明もなく
清々しいほどに 立っている
そのまなざしは
わたしの影だ

わたしが
傷口を嫌い
捨ててきたしがらみ
無為に
置き忘れてきた
ふるさとの声
手にすることが
できなかったものにたいする
後悔と羨望
それぞれの来歴が
なつかしそうに
手を振っている
その姿は
いつまでも
わたしを引きずっている

たぶん
父も母も
わたしもあそこにいるのだろう
そして家族と親しく
夕餉を囲んでいるのだろう

直視するには
神々しいものを
見送るような
測れない大きさになって
しかも穏やかだ
わたしは
夜の先端で
影になっている

戯れる
海の波が引くように
その
心地よさを
受け入れて
わたしという途方もない
ものから
逃れるために
わたしは
仄白い空を見て
涙ぐむのだ

inserted by FC2 system