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小作品集(掲載作品から)

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古山正己

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石川厚志

春爛漫


拙者は何ゆえか見合いをしておるのだが 
仲人も見たことのない知らぬ顔だ 
いったい拙者にどう振る舞えというのか知らぬが 
この場を乱すのは些か気が引けるというものだ 
ここは取り敢えず分かったような顔をしておくのが無難であろう 
それにしても相手のこの女 
中々図太い神経をしておる 
何しろ腕の中には死んだ胎児を抱いておるではないか 
蒼い顔をしてこのようなものを抱いて 
よくぞ抜け抜けとこのような場に来られたもんだ 
と来たもんだ

本日は大変に御日柄も宜しく 
東~ 女駒士(すけこまし) 西~ 子連桜(こづれざくら)      
御両家 はっけよい 残った残った 残った残った 
女駒士(すけこまし) 上手を取りました 
寄り切ります 寄り切ります 
子連桜 踏ん張る 踏ん張る 
踏ん張って土俵際で うっちゃりました
西~ 子連桜(こづれざくら) と目出度く軍配上がりました

という訳で見事この女にやられてしまったわい 
悔しいがここは頭を下げておるしかあるまい 
それにしてもこの餓鬼 
女に抱かれておるこの餓鬼 
どことなく拙者に似てはいまいか 
それにこの女どこかで見たことのある顔をしておるのだが 
ううむ 若い時分には色々と無茶もしたことであるし 
いかん どうしても思い出せぬ

フレーフレー か・あ・さ・ん 
フレフレ かあさん フレフレ かあさん 
と 餓鬼の応援を受けながら 
女は赤組 拙者は白組 
尻を引き引き 綱引きだ 
女になんぞは負ける訳にはゆきませぬぞと 
踏ん張ってはみたのだけれど 
やっぱりあっさりすっかり負けてしまいました 
餓鬼と女が手と手を取り合って
喜びを分かち合える ああ この見事なる平和

御免 と一言言って席外し 
回廊のキセル所へとゆき 一服す 
庭先の 梅の小枝の先っぽにゃ 
艶やかな 鶯なんぞもやって来て 
長閑にも ほうほけきょなどと鳴いておる 
ほう もう春じゃのう 
と煙(けむ)吐く 春爛漫のこの頃── 

てえへんだあ てえへんだあ 
庭の梅の木の下で 男が首を吊っておりやすう

中村梨々

泣き顔もきみが持ってる窓だから



風になり夏になり今南極の氷になったあなたの夏よ

今きみの目の前にいる僕は夏の終わりの蜃気楼です

配線の段階で気づくべきだとショウリョウバッタは言っています

コオロギに言語野を占領されました。言葉が消えていくのも時間の問題です。いえ、言葉は消えていくのではなく、聞き取れなくなっていくのです。コオロギの声だけが鼓膜に残っていくのです。その音を頼りにあなたを探し出します。足元に転がってきた秋の風があんまりころころ笑うので、親指と人差し指でつまんで口に入れた。口の中でころころ笑いながら溶けていった。ミルクキャンディの味がした。夕闇の中に、やっと一軒空いていたお店屋さんに飛び込んだ。「夕日ください」。片付けをしていたおじいさんがゆっくりと振り向いた。「二分くらいだけど、いいかい」私は深くうなづく。二分あれば、たった今歩いて行ったあの人を追って、大声で名前を呼べるはず。ありがとう。夕日に包まれた街を走る。


夜に貼る両面テープをはがすとこの世の終りとつながってた


ぽこぺんぽこぺん雪踏みながら空にだんだん近くなっていくね


(見えない)(見えないけど、色はわかる)色に触れるとき、体温を感じる。真っ暗闇なら、夜に深緑を混ぜて湖底にする。そこから寒さを足していけば浮上して、透明な氷に囲まれた朝が来る。冬が近くなると乾燥して、手足が細くなる。色のある服を着たくなるし、ごとりと細胞が落ちていくような気がするの。やっぱり木になるのかな。頭っからつんつん尖った葉が出てくるようになったから、針葉樹かもしれないと思うけど、できたら常緑広葉樹になって、誰かを守りたいの。

三月の風の中から声がする本文は春くじらからです

わがままで唐突な雨を降らせてきみは笑った春だと思う

泣き顔もきみが持ってる窓だからあけたら風が吹いて来るから

広田修 

ふたつの終焉





美しいものは汚されるためにあるのです。隠されたものは暴かれるためにあるのです。邂逅のように、再会のように、死別のように、僕はどのような重力とともにでもこの映像の糧の中を泳がなければならなかった。歴史の埃によって彩られてあるために一層美しい、伝来の白磁が善人によって路上で割られた。それぞれの破片はとたんに険しく人を傷つけるものとなり、それまでの滑らかな形体を失い、雑踏と喧騒とあらゆる無関心によって研ぎ澄まされてすべての声を吸収した。少年であるということは、大地から生え出たままの内側であるということだ。美しくふさがった光の体に歴史の血液を引き込んで、本質的に何物も裂けたり欠けたりしないということだ。裏庭ではユズリハの勝気なたたずまいと冗長な葉が風景の局部にささやかな表現を燈していた。街路では友人と会う約束をしたのだが遅れそうになって速足で歩く主婦が子供への愛情と夫への愛情を混ぜ込んでしまった。大使館では外交官が他国の外交官に向かって国家の意思をその舌と声帯の湿り気の中に腐敗させていった。そのようないくつもの、いくつもの絡まり、つまり社会システムは僕の何もかもを見通していたが、僕にとって社会とは常に背後であった。気配を感じる場所、悪寒を感じる場所、ふと手を添えられる場所であって僕の宇宙を超えていた。その背後に忍び寄ってきて悪口雑言の限りをつくす壊れたブリキのおもちゃがあり、僕が振り向いてもすぐさま背後に回られるので僕は堂々巡りをしながら社会からやって来た奇妙な来訪者の悪口雑言をすべて却下したつもりでいた。しかしブリキのおもちゃはいつの間にか牛になりその黒い眼に満々たる憎しみを湛え、さらにはいつしか虎となりその体重で僕は大きく突き飛ばされた。僕の背後ではこのように社会がむくむくと黒い煙を吐いており、やっと僕は社会を振り返ることができた! だがその瞬間、舞台は劇場、振り向いた視界には満員の人たちがてんでに僕のことを嘲笑している、大笑いしている、嘲笑は釘となり僕の全身に打ち込まれ、嘲笑は鋏となり僕と人々との親愛の鎖を断ち切った。そうして愛は、包み込む無垢な仮想された愛は、僕の心の重量とともに死んだ。少年は少年である条件と権利と義務と背後を失った。もはや僕は美しくも秘められてもいなかった、すべてが貫通され吟味され貶められ、品評の対象となり、愛の盾などという盲目の装置は消え、貫通してくるものから防御するため自身の皮膚を新たな悪意の盾としなければならなかった。美しいものは汚していこう、隠されたものは暴いていこう……!



天界も地界も同じようなものだった。どこまでも収束しようとしていく漸近線からの接触を無限に拒絶するということ。水のかけらも光の房も風のとげも何もかも触れることができない、天上と地下の二つの絶対領域。僕はそこに住んでいたと同時に、そこへ無限に近づいても行った。完全な鉱石と完全な図形と完全な引力が、この人間の薄っぺらい生活空間の上下両方に螺旋を描いて、論理と倫理と権力のあでやかな立体を鋳造した。あらゆる細部、あらゆる差異、あらゆる表情を凌駕する形で、一つの単純な宝玉はその表面と裏面とを天上と地下で分かち合っていた。学問、文学、研究、芸術、道徳、そういったものは、細かな根付きと犀利な構造でもって生活から生え出たものであったが、僕はその優しい連結を観念的に断ち切って、それらを天上と地下の二つの絶対領域に熱と共に閉じ込めた。空虚だが態度と方向だけは豊かだったそのような日々を経て、僕はついに自ら生計を立てなければならなくなった。生計を立てるために、身体のあらゆる部位から鎖を放ち、身近なところからはるか遠くまで、透明なところから濁ったところまで、巻きつき絡みとり、逆に巻き付かれ絡み取られるのを敢行していった。それは、数限りない他者との対決と和睦とすれちがいであり、正確無比な社会との愛に満ちた抱擁であった。人間の生活空間は、僕がそれと対話するに従い、相対的な巨大さを増し、巨大な相対性を増し、僕の天上と地下とも感覚しあい相対化していった。天上にあった硬質な真理やとげだらけの善、吹きすさぶ美はそれぞれの根を暴かれ、生活の土壌に咲く花々となった。地下にあった膨大な憎しみや消えない傷、さびしい特権意識はそれぞれの頭蓋が透視され、生活の洗濯紐にぶら下がる柔らかい物資となった。絶対的なものはもはやどこにもなく、相対的なものを絶対視したという錯誤の苦い現実性だけが砂のように残った。夢や真理や憎しみや外傷よ、すべてにさようなら! 僕はこの際限なく広がる人間の生活のシステムの中をどこまでも分け入っていく食欲で十分希望に満ちている。

木下奏

グッバイ



無理矢理に思い込もうとしていた日曜日、あなたは私の運命の人じゃない。あなたはただ間違いを犯すことに長けているだけ。無職を持ち帰りして、それからボタン詐欺を働く。飲食業のキッチンとホールはどちらが向いているだろうか、それだけを考えながら歩く、ティッシュ配りと出くわす。マーライオンに跨がり、雲へとジェスチャーを繰り返す。時給千円の動きを練習しながら、バイリンガルなあなたについて考えている、ディスプレイをしながら低価格について考えている、提供するのはマンゴーアイスラテとアップルパイ、胡散臭い男の笑顔を蹴り飛ばす、午後。亡骸は忘れないだろう。少女の傷口を想像する。消えた犯人は波にのまれ、悲しみの渦は消えない。キャンドルに火を灯す。草むらに出る。電車の音を聞きながら眠る。全てを悟り、向こう岸に渡る。渡った先には見慣れない男。チケットをもらい、改札をくぐる。子供から、アルバムをもらう。めくった一枚目に笑顔の女と真顔の男の写真があった。(ありがとうを蹴り潰して歩いていた。おめでとうを噛み砕いて。さようならを海に沈めて。)転々としながら点々を描いている。恵まれない転校生のように。誰の笑顔にも天使を見出せなくて。ひざを抱えた十代しか信じることができない。散々、覚えた四文字熟語をばらまきながら私は笑っていた。諸行無常の世の中で一体何が残せるんだろう。考えて、噛み砕いて、考えて、投げつけて、考えて、あざ笑われて、考えて、褒められて、考えて、さらわれて、考えて、求められて、考えて、打ちひしがれて、考えて、歩いていた。残った言葉はグッバイ、だけだった。

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