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小作品集(掲載作品から)

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岡田ユアン

未明



紫の匂いが滅した夜
男は家を出る
ポケットに角のとれた石を詰めて

岸辺の草をわけいって座ると
呼吸が整うのをしばらくまち
ポケットの中の石を一つ
湖面になげ入れる

挨拶のような抵抗があたりにひびき
水紋のひろがりが男に時を告げる

石は小刻みにふるえながら
沈みこんでゆく
下へ 下へ
言葉をかきわけてゆくように
湖の対岸にさざ波をおこす

石の生んだゆらぎが
男の鼻先をかすかにふるわせ
かの地の楓は種子を大地へはなつ
うまれたばかりの子供は 
おどろき 泣いた

しかし
石は夜を支配しようと思わなかった
ただ 軌跡を楽しんだ

男は ふたたび
石を湖面になげ入れる

石のかたちがひとつひとつ異なるので
沈みかたはみな違う
それらの違いがはたらきかける
変化を感じていた

やがて 風の色
木々の呼吸が変わったので
男は家に帰っていった

女は
男が出かけていたことも知らず
昨夜の眠りの先にとどまっている

男が眠りについたころ
石のゆらぎがとどき
女を 少しずつ
目覚めへと揺りうごかしてゆく

颯木あやこ

嵐の先



尖った梢の
影を拾って
槍とし

竜巻を呑み込んで
喉で回り続ける熱とする

瞳は 凶運をもたらした黒猫から
奪って嵌めた
闇の向こうの輪舞が
よく視える

嵐の先を駆けていきたいと
いつも願ったのに
雨風が激しく窓を打つ夜半
いつの間にか落ちた眠りの中では
巨きな灰色の獣の
粗い箒のような尻尾ばかり追って
目が覚める

朝靄に包まれて
私の指先は萎えていく
紙を数枚めくるだけで
疲れ果ててしまうほどに

嵐の日には必ず
戦い抜いて 後
うす紫にけぶる 町と森との境目に
一人 立つことを
宵闇のさなか誓ったはずなのに

嵐の姿はすでに無く
草が昨日より青いのだった

望月ゆき 

裏側



洗濯を終えたあとの洗濯槽に、頭をつっこんで
耳をすます
見えなくなったものを見に行くために
目を閉じる
という所作を、毎朝の日課にしている



庭で、貝殻が咲いている
耳にあてると、途端に 世界がさみしさを
吐露しはじめる  
洗濯槽の壁の、無数の穴に隠れて
わたしはそれをやりすごす



洞窟は空白に満ちていて
抜けるまでのあいだ、たったひとつの言葉も見つけられなかった
出口には電柱が、どこまでも電柱のふりをして
無骨に佇んでいる
あしもとには
死んだ犬が埋められている



朝食のテエブルで、ぶどうジュースがこぼれて
わたしは、ひどく泣いた
シャツの染みも、母の叱責も、
時間から剥がれ落ちた、鱗にすぎない
わたしたちは日常を失ったようで、
ほんとうは
日常からわたしたちが失われていた



ピアノが、居場所を失念したまま
土に寝転んでいる
鍵盤をたたくと、指から脈拍が放たれる
すると世界が 全身を耳にして、それをとらえようとする
楽曲はいつか、終わってしまう
旋律だけが残り、記憶の中で再生される



過去はどれも美しく 四角く切り取られていて
未来はいつも ピントが合わない
二次元の中だけに生きつづける人たちの
影法師を埋葬すると
ある朝、その場所から
小さな産声が芽吹いた



洗濯槽から、洗い終えたシャツを取り出す
それから 頭をつっこんで、
母を探すが、見当たらなかった
ぶどうジュースのシミは、今朝も残っている
永遠を祈ることは、なんと怠惰なのだろう
洪水のあとのカビ臭さが懐かしくて わたしは
まだ見ぬ死後を 錯覚してしまう

光冨郁埜

ざくろ



呼ぶことのない 
部屋のテーブルには
ざくろの 割れた実が ひとつ
むくれている ざくろには
いくつものやみがあって
そのうつろに 
赤黒い眼がおさまっている
ざくろの実に
穿かれた口があって
染まった歯と唇のまから
こけむす ざらつく舌が うごめいている
ざくろは 皮を 肉のほうから脱ぎ
むくりと ひとの顔となる

歎ずる身体のあちらこちらに
隠し切れない 
乾くことのない傷痕が ひかりを求めている
ざわつく 赤黒い 胸騒ぎをひめながら
ひっそりと
ひとは 朱に染まった服を まとっている

その服の裾から覗く 傷もあれば
下着に隠れる 痕もあって
むせぶほどの温もりがあって
水道水をながしつづけ 
洗われる傷痕を かかえて 
ひとは そこに 立ち尽くしている
しだいに服が 紫に 染まっていく

ときには 手を振って
ひとを はらおうと
歪めながらも 赤茶けた 言葉を発しても
傷つけてしまうのは
叩かれるために 生まれた 子だからか
手を伸ばして 触れることのできる
その傷痕が またひとつ
痛みを ともなって 生まれてくる
こころをつつみかくして
ぶきように微笑んでみても
紫にむくれた 痛みに 耐え切れずに
声を発してみても
とどかずに だれもいないほうをみる

ほんとうは
その先の 言葉も言えずに 
またひとを 叩いている
自分の胸に ひっかき傷をつけている
自分の手首を 焼いている

ざくろの実の代わりに
落とされた
手首が テーブルに置かれる
くもった音がひとつしたきり

閉じていた目が 夜 ひらく

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