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小作品集(掲載作品から)

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髙岡力 

俺は揺れる一輪の花の様に善である


鰺を銜えた猫が辻をゆく
不器用だが釘を打ち続ける大工が屋根にいる
自分が何者だか気づかない男が見上げる空に
地震雲
そして 俺は揺れる一輪の花の様に善である
蜘蛛を一匹殺しました
ぐちゃーっと黄色い汁でましてね
非常にいい人間と共有している
のどかさ
殺人には伝染性があるように
陽気な行進曲にのって繁茂
その中で
拷問する事に疲れました
そう云ったとたん拷問される側となり
八分切られました
そんな事に哀れみを感じていたら
この世では敗北するのですよ
杉山きよ子は云う
屋根が再三再四 大工を試練にかけている炎天下
自分が何者だか気づかない男が
鰻の様にスパークしている
悔やまれる道路を耳にしながら
沁み入る俳句をビビリと破く
落ちつきはらった収賄罪
風に乗っていきましたね
ありゃ なに新聞ですかい
山崎政彦は云う
眼を宙に浮かすと いじらしいほど
すべてのものが思い出になって
迫ってくるんですよと泣いている
そして 俺は揺れる一輪の花の様に善である


加藤思何理

月光についての曖昧で扇情的な覚え書き


女児が生まれたら裏庭に柘榴の樹を植える。女児が少女になり、その年齢に達すると、柘榴の根元に樽を結びつける。少し離れた物陰には甕を埋める。夜、月の光が柘榴に射す。月光は柘榴の花びらや葉や枝や幹を伝って樽の中に溜まる。少しずつ溜まってゆく。樽が月光でいっぱいになったら、その蒼白い上澄みをそっと掬って、土に埋めた甕に注ぐ。樽の残りは丁寧に攪拌してから、裏庭の奥の無花果の蔭から細流に流す。その水は五十歩ほど歩いたところで沼に流れ込む。沼の魚は銀色に光り、豊かに肥え太る。だがその魚を食べてはいけない。むかし沼の魚を捉えて料理を試みた男がいたが、魚の腹にナイフを入れた途端に光が溢れだし、眼を灼かれてしまったらしい。
さて、いま甕の中の月光はほど良くとろりと醗酵し、冷ややかに発光する。試しに手の先を付けてみると、指先がまるで真珠のように耀く。あと二週間もすれば旨い酒になるだろう。その酒に森の中で採った瑠璃色のカミキリムシを一疋沈めて封をする。甕に土を被せる。地中で静かに眠らせるわけだ。そうしていよいよ時季が来れば、新月の夜に甕を掘りだして、その中に漲る酒を少女に飲ませる。三杯も飲ませれば、少女は蛇が冬眠するようにゆっくりと優しい睡りに落ちてゆく。少女の心が完全に睡りの国に旅立ったなら、その扉に注意深く鍵をかけ、初めて母系の老婆の手で少女の肉体の随所にその酒を摺り込ませる。腋や乳房や脇腹、ことに臀や性器の間には念入りに。
夜空の月が育つとともに少女の腹がゆるやかに膨らんでくる。その腹を絹と麻で交互に包んで愛でるように撫でてゆく。月がひときわ大きな満月になる頃、睡りつづける少女の丸丸と実った腹から、少女にそっくりの小さな少女が生まれてくるだろう。だがその少女は少女ではない。すなわちそれは人間ではなく、たとえ眼を瞠き指先を動かしたとしても、少女のかたちをしたひとつの神聖な食べ物なのだ。次の新月の夜まで寝室の天井に静かに干しておいたそれをそのまま無言で食べ尽くすと、おそらく百年後か千年後には永遠の智慧と完璧な魂の均衡が得られるのだそうだ。



中島真悠子

砂の女


遠い国の砂の中から
女が見つかった
翡翠や動物骨の装飾品と共に
砂の下に埋葬された女
その写真を新聞で見たとき
衝かれるように
母が思い出された

子供のころ 一度だけ
海に連れて行ってもらったことがある
ひとり 波打ち際で遊ぶうちに
気がつくと
母は砂の上で眠っていた
日々の疲労と緊張が ふいに
母を死んだように眠らせたのだ
耳元に貝殻をあてたままの姿は
ふしぎと崇高に
また 怖くも感じて
触れることも
起こすこともできなかった

今はガラスの箱に横たわっている
肉体は乾ききっていても
たった今 眠りについたような
触れることも
起こすこともできない
はるかな時の砂から現れた女は
母の前世であり
私の来世であるのかもしれない

耳飾りの貝殻は
ほとんど破損していなかったという
何千年を経た今も
彼女の耳に
波の音を届けるかのように


石畑由紀子・短歌

葬送


どの爪も伸びてゆくことどの爪も手のひらに埋めゆくほかなくて

ねえ、ひかり、青だけいらないの? ひかり、青だけ残る窓際のポスター

ショルダーバッグの肩紐をきゅっと握ったこぶしの力 改札をぬける

彗星がよこぎっていく(ゆっくりと、)わたしのそらが真昼のうちに

そこからは六等星のひかりだろう 一杯分の湯を沸かす音

後ろ手に背骨をそっとなでおろす 生まれるまえに失っていた

ポケットに月(手に入れたほうがさみしい)誰もわたしに近づいてくるな

スカートの上に切り落とした爪を風のみどりに渡す 葬送

あれは愛だったのだろうか暗闇にしずくの音だけがひびいていた

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